〇シャンプーハットが外せない

 

シャンプーハットもそうですけど

自転車の補助輪も、さすがに大人になっても愛用してる人は少ないでしょうね。

(使ってる人もいるかもしんないけど・・・)

 

さすがに、ちょっと恥ずかしい???

 

でも、なんで恥ずかしいの?

その方が転倒するリスクも減るだろうし

目にシャンプーが入ることもないでしょ?

(もしかしたら使ってる人もいるかもしんないけど・・・)

 

 

こういう補助アイテムを使うことは

一般的に恥ずかしいとされてるせいで

親から半ば強制的に引き離されるか

自我が芽生え、こんな補助アイテムなんか使わなくてもやれるもん!みたいな

自発的に離れるか、どちらかでしょうね。

 

 

 

でも、そんな恥ずかしいっていう感情はほとんどの場合

モノを売る側によって簡単に操作されます。

 

例えば、シャンプーハット。

 

シャンプーハットメーカーが巧みにマーケティングし

「シャンプーハットを使うのは恥ずかしくない!むしろカッコいい!」

そう教育すれば、情勢はコロッと変わるかもしれません。

 

そうすればきっと

シャンプーハットを使う大人はきっと急増しますよ。

(少し増えるくらいにしてもらいたい・・・)

 

 

補助輪だってそうです。

「恥ずかしい」を「転倒しないために欠かせない」に教育すればいいだけ。

 

 

ただね、ここでもうあなたは気づいてると思うけど

髪の毛を普通に洗うことができれば、シャンプーハットはいらないし

転ばない体の操作や

そもそも転ぶ可能性がかなり高いんだったら自転車に乗る選択肢を諦めることだったり

それができれば補助輪もいらない。

 

そもそも、ホントはいらないものなのに

「必要を惹起させられて、必要だと思わされていること」って、結構蔓延してます。

 

 

 

そもそも「恥ずかしい」っていう感情の出所が「他」にあるから

「他」の大勢が使ってればそれは「恥ずかしい」の対象にはならない。

 

しかも、アイコン的な有名人がそれを使ってれば

「恥ずかしい」どころか「必要不可欠」にスルっと大変身します。

 

だからメーカーは、アイコン的有名人のスポンサーになるんでしょ?

 

 

シャンプーが顔についちゃうとお肌にめっちゃ悪いんだよ!

っていう件を、ちょっとしたデータ作ってエビデンスっぽく仕上げて

北川景子がコマーシャルすれば完璧!(か?)

これで、シャンプーハットは飛ぶように売れる!!!(か?)

 

まあ、この辺はかなり雑な例えですけど

そんなこんなで、人間補助アイテムはバンバン売れます。

 

これからもきっと、人間が抱える面倒を解決するために

人間補助アイテムはバンバン売れるでしょう。

 

 

「過保護」って

なかなかしたたかに、僕らのすぐ隣にいます。

 

気づきにくいですけどね。

「保護」と「過保護」の違いって。

 

 

恥ずかしいって感情が

誰かとの比較なのか、自分自身と向き合ってのものなのか?

 

たいていの場合は・・・