◯運動会の騎馬戦と、日本のマラソン

 

今日、ふと耳にした件。

 

最近運動会では、騎馬戦をやらないらしい。

「ウチの息子の小学校はやってんけどな・・・」とか思いながら

そのまま耳を傾けてみる。

 

ケガをするからってのが原因みたいなんだけど

そこに一緒にいる人は

「でもねー、何でもかんでも危ないから無しにすんのはどーかと思うけどねー」

よくある、よく聞く件だなーと思いながら

そのままもう少し耳を傾けてみる。

 

「でも、子どもたちが転び方とか、そんなんがうまくできないから

ケガが続出するんですって。だからこれじゃやっぱ無理だからってんで

無しにするんですって。」

 

まぁ、多少のケガはやんねーとわかんねーだろとは思うものの

転び方がわかんないと、結構取り返しがつかないケガになることもあり得る。

確かにね、今の環境じゃ、強行してやる理由はないわな、とも思いつつ・・・

 

 

あれ?

 

 

この話、何かと同じ臭いがすんぞ・・・

 

そうだ、マラソンだ。

 

マラソンの練習方法だ。

 

 

よく、僕がこよなく愛する中山竹通さんや藤田敦史さん

そんなに愛してないけど尊敬する宗兄弟や瀬古利彦さん方が

よくお話してらっしゃるのを見たり聞いたりすると

(藤田敦史さんとはこないだお会いして直接お話お聞きしました♡)

 

今の選手は練習量が絶対的に足りない。

もっと走りこまないと、マラソンでは世界で通用しない。

 

こんなフレーズがだいたい出てきます。

 

ここでは、その効果がどうとか、そういうのは置いといてください。

 

そういうんじゃなくて

結局、今の小学生は騎馬戦をやるだけの体の要素が満たされてない。

 

それと同じで、今の日本人に、中山さんとか藤田さんとかと同じような練習をするだけの

体の要素が満たされてないんじゃないかと(体だけじゃないけど)。

 

厳密にいうと

藤田さんはもしかしたらその、体の要件を満たしてなかったのかもしれない。

だけど精神条件を満たしていた。

 

そこのギャップが、故障という形で出てきてしまい

日本記録は出したけれども、故障が多かった。

 

そりゃあ、外遊びで転び方とかをよくわかんない状態で騎馬戦やれば、ケガもする。

でもそのケガで、騎馬戦のやり方、転び方を学ぶことにも繋がる。

 

ただ、それには結構な準備がいるでしょう。

今日のラジオで山田さんともこの話になったんですが

今の子どもたちは、転び方を学べるような環境には残念ながら、いないんです。

 

転ぶ前に親が止める。公園では野球ができないサッカーができない。

公園でゲームやってる世の中です。

そもそも、裸足で運動する習慣なんて、まるでない。

 

学校の先生が体育の授業で

うまい転び方を教えてくれればいいんでしょうけど...

 

 

翻って、マラソンでも背景の構造は極似してるんじゃないでしょうか?

 

「距離を踏まないと世界では勝てない。」

「最近の選手は、意見はするけど距離は踏みたがらない。」

 

だって、距離を踏んでも大丈夫な走りになってないし。

 

だって、シューズがないと走れないっていう時点で

シューズ頼りの走りなんだから

衝撃の吸収なんてまるでできてないわけ。

 

そんな状態で、中山さんとか藤田さんみたいに

ビックリするくらいの距離なんて踏めるはずないでしょ?

 

しかも、距離を踏んで強くなってきた世代の人たちは

自分のベースにある「体の資本」を当たり前だと思ってる。

今の若い選手たちも、自分たちと同じだと思ってる。

 

だから、距離を踏まなければいけないという

自分がやってきたことがベースの論調になるんだけど

たとえそれが一理あったとしても

肝心の指導する側が、走り込めば体が作れるものと考えてるせいで

「体の資本」がない今の選手は消耗するばかりで

それこそ「バネがない」状態に陥ってしまう。

 

今の20歳代の選手って

ハイスペックなシューズの「恩恵」で

草食系な足になってるんじゃないでしょうか?

 

一昔前の

「走り込めば体が勝手に適応する」ってのはなかなか通じにくい。

だってそんな面倒なことは、ハイスペックなシューズがやってくれるんだもん。

 

 

そこに世代間のギャップが生じてるんじゃないかな?

 

 

走り込みすると、バネが無くなるって話も聞きますが

僕の愛する中山さんはそんなことなかった。

(87年の福岡国際は、そこにいたるストーリーが更に彼を後押ししたとみますが)

 

もちろん、みんながみんな87年の福岡国際の時の中山さんになれないことは重々承知の上で

でも、同じ人間で、そういう人もいた。

 

同じ日本人で、そういう人もいたわけです。

 

その事実を

「あの人は別だから」にするのか?

「なんであの人はそれができたのか?」にするのか?

 

 

走りの効率を考えるのはもちろん大事。

 

如何に距離を踏まないで世界と戦えるか?

もちろんそれも面白い。

 

だけど

如何に距離を踏んでも壊れないで済むのか?

これも、走りの効率を考えるうえで目指すところでもあるわけ。

 

 

確実に若い選手たちは育ってきてるんだけど

その若い選手たちに

トラックの1000mのインターバルを3分くらいでいくときくらい

裸足でやっていただきたいものです。

 

それで「コケ」たら、なんでコケたのか考えるといい。

そこに、大きなヒントがあるわけだから。